自分を傷つけることは悪ではないが、善ではなかった。

私は、感情的になると自分を傷つけたくなる。

おなかがすいたからごはんをたべる。

ねむくなったからねる。

私にとって、それは食欲や睡眠欲と少し似ているかもしれない。

でもそれは、私が自分を傷つけたいって思う気持ちは、少なくとも家族や友人から歓迎されるものではなかった。

 

というか今なら分かる。

私だって周りの親しい人が、自分を傷つけるような行為をしていたら、できればやめてほしいと思わざるをえない。

だってその人が傷ついているなんて私は嫌だ。

悲しい。

たぶん自分のことを傷つけたいっていうのは、それだけの理由があると思うし、勝手なこと言ってると思うけど、やっぱり私は嫌だ。

他に方法がないのか一緒に考えたいし何とかしてあげたい。

という気持ちに、きっと当時の私の周りの人たちもなっていたのだろう。

 

しかし何で他の人は、自分のことを傷つけたいって思わないんだろう。

自分のことを傷つけたいって思って、それを何らかの方法で実行しないのだろう。

もしかしたら人によって方法は違うけど、言葉で傷つけるとか、そう思うことはあるのかもしれない。

どうして私は自分のことを傷つけたくなるのだろう。

不思議だ。

理由が未だにわからない。

理由なんてもはやあるのかないのかもわからない。

どうしたらこの気持ちが完全に消えるのかもわからないし、一生消えることはない気もする。

 

でも、今ではこの気持ちをコントロールすることができるようになった。

自分を傷つけたくなっても、我慢することができるようになった。

私も成長したのである。

この点は、自分を褒めてあげたい。

ではどうして我慢できるようになったのか?

まずはもう自分を傷つけたくないという気持ちが芽生えてきました。

この気持ちを形として表すことにしました。

形成外科に行き、左腕だけ皮膚の切開縫合手術を3回行いました。

お金もかかったし、麻酔が結構痛かった。

これは私の覚悟ですね。

もう自分のことを傷つけないっていう。

 

あと、私の場合は自分を傷つけたくなったら、イラストを描くと気がまぎれるということに気づきました。

代替手段を見つけるのはおすすめ。

ということで、もう現在の私は自分を傷つけることはなくなりました。

しかし身体に残った傷跡が消えることはありません。

着る服に多少困るのが難点です。