他人と一緒に暮らすのは難しい。

私は彼氏とふたりで暮らしているが、特に喧嘩をすることもないし、穏やかな日々を過ごしている。

彼氏という他人と5年間生活をともにして分かったことは、他人と一緒に暮らすのは難しいということだ。

育ってきた環境や価値観の違う人間同士が、ひとつ屋根の下で生活する。

お互いがどこかで妥協するか、協力するか、我慢するか、諦めるかしないと生活は成り立たない。

私にも彼氏にも、それぞれの考えやライフスタイルがある。

私も彼氏に対して生活する上でこうしてほしいという要望はあるが、それを伝えてもなかなかうまくいかなかった。

相手を変えようとするのは非常に難しい。

自分を変えるほうが早い。

 

以前、職場の同僚と結婚についての話をしていて、「彼氏さんと家族になりたいとは思わないのですか?」と訊かれたことがあった。

その質問が何だか未だに心に残っていて、時々ふとした拍子に思い出すことがある。

結婚するということは、家族になるということ。

でも家族とはいったい何だろう?

一緒に同じ家で暮らしているのに家族として成り立っていないときもあるし、逆に離れて暮らしていても家族としての繋がりを感じてうれしい気持ちになるときもある。

 

私の両親も現在は別居婚という形で生活しており、母は愛知県、父は広島県と離れて暮らしている。

私も弟たちも実家を出ているし、みんなそれぞれの暮らしを営んでいる。

でも家族5人が同じ家で一緒に暮らしていた頃は、あまりうまくいってなかった。

最初はきっとうまくいっていたのだと思うが、だんだん崩れていった。

家族の形が変わらざるをえなくなった。

私は父と3人で暮らすことになり、最終的には母と4人で暮らす形になった。

そして現在の穏やかな両親を見ていると、夫婦円満の秘訣は別居していることだと感じる。

互いに離れてひとりで暮らし、たまに会う生活がきっとちょうどいいのだと。

 

家族とは流動的でとてもあやふやな、不思議な存在だ。

血が繋がっていたら、戸籍上で繋がりがあったら、家族ということになるのだろうか。

私には異母妹がひとりいて、父が同じだから血縁関係はあるが、1回しか会ったことがないため、家族という感覚はあまりない。

大人になった私は、もう家族を選ぶことができる。

家族という形にとらわれなくてもよくなった。

いまは縁あって彼氏と一緒に暮らしているが、いざとなればひとりで暮らすことだってできるのだ。

それくらいの経済力と生活力を、身につけることができたのはすごくうれしい。

 

家族といっても、それぞれ多様な形式や暮らし方がある。

自分に合った暮らし方で、私も生活してきたい。